路線バスでGO

体調を崩して、しばらくサボってしまった。
 
 
さて翌朝、グダグダな相方を部屋に寝かせておいて、私はモンマルトル散策へ。
エレベーターはなおっている。
 
ルピック街を登ってゆくと、八百屋や魚屋、パン屋など商店街が楽しい。アベス街に突き当たる手前には、澁澤龍彦の常宿だったオテル・プリマもある。カフェに立ち寄ったりしながら、あちこち歩き回って、ミネラル・ウォーターやクロワッサンなど買ってホテルに戻る。すべて吐いてしまったので、どうやら大丈夫そうだが、くたびれているのは間違いない。今日はのんびりこの界隈で過ごすことにする。
 
昼近くなって、丘を登ってサクレ・クールへ。雨の中急な階段を上ってゆく。天気が悪くても観光名所というのはいつもたくさん人がいるものだ。しばらく雨のパリを上から眺めて丘を下る。最小限の荷物しか持って歩かない我々は、下着がちょっと足りなくなり、バルベス・ロシュシュアールのタチへ買い物に行く。パリの安売りの殿堂はいつもごった返している。ちょこちょこっと済ませて脱出。腹が減ったので、広場に面したカフェで食事することにする。未だ調子の上がらない相方は、紅茶とウフ・マヨネーズだけ。私は鴨のコンフィとローヌの赤をカラフでもらう。このあたりまえのコンフィが美味いのだ。しかも安い。全部で24ユーロ。
 
それでもわりと元気になってきたので、路線バスにでも乗ってブラブラすることにした。
ピガール広場に行くと、バス乗り場にはすでに目指すバスが。走って乗り込む。すぐに発車したところ、間に合わなかった奴がわめきながらバスを蹴飛ばしている。でも絶対に止まらない。
小雨の中を、バスは南に向かう。濡れずにパリを散歩(?)出来るのは非常に良い。パレ・ロワイヤル、ルーブルを通って、左岸へ向かう。トゥール・ダルジャンが見える。そういえば最近星が減ったらしい。カルチェ・ラタンの東を通って、イタリー広場へ。すっかりパリの端っこだ。終点のポルト・ド・ジャンティイで降りると、そこはもう観光客などまったくいない郊外の住宅街といった感じ。パリを縦断してしまった。
 
イタリー広場へ戻って、バスでカルチェ・ラタンに戻り、クリュニー美術館へ。ここは中世の宗教美術が充実している。進んでゆくと、学生らしい3人組が古楽器で中世の曲を演奏している。何もかも中世尽くしである。聞いていると、後からやってきた日本人の父娘(?)と思われる二人がやってきたがすぐに出てゆく。すこし後でこの先にあるこの美術館の呼び物、「一角獣と貴婦人」の部屋にいる。その先にも展示物はあるのだがほとんど見ずにさっさと出てゆく。そんなもんなのかね。「一角獣と貴婦人」のタピスリーはいろいろな寓意が込められていて、それを読み解いて行くのも楽しい。そのうち「マルテの手記」もまた読んでみよう。出るときに、相方がトイレに行っているのを待っていたら、怪しく思われたのか、何をしているのかとたずねられてしまった。よくあることだが、怪しいものではないです。
 
夜はモンマルトルの丘の中腹にあるレストラン、「le soleil gourmand」へ。ファニー・アルダンみたいな店の女性。ベジタリアン系のメニュー、お洒落な内装、女の子が喜びそうな店である。ひき肉の入ったタルトと野菜のテリーヌ、たくさんの野菜のグリル、アリコ・ヴェールなどプロヴァンス風で。ワインはコート・ドゥ・ヴァントゥーのシャトー・サン・ポン’01。味もムードも悪くは無いが、我々の行きたい店ではない。
 
ムーラン・ルージュの凄い行列を横目にホテルに帰る。
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ラズロ・コバクス について

吉村一博:Guitarist,Singer,Composer 80年代、札幌で音楽活動を開始。「retif a la nuit」、ソロなどで活動。 91年東京に移転。寺田町Group、TANKを経て2001年「Laszlo Kovacs」結成。 数度のメンバーチェンジを経て、現在に至る。 ラズロ・コバクス のすべての投稿を表示

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