スペイン

 
まずは9日の稲生座に来てくれた皆さんどうもありがとう。
稲生座もずいぶん久しぶりだったが結構盛況でよかった。
 
 
ところで、8月29日から9月4日までスペインに行ってきた。
私個人としては16年ぶりの訪問である。
直行便が無いのでアムステルダム乗換えのKLMでマドリッドへ。
ホテルはSol近くの”Tijcal Ⅱ”安くてきれいなよいホテルである。
近くにバルもたくさんある。この界隈は非常に気に入った。
疲れていたが、まずはベジョータとワインでスタート。すぐに気分良くなる。そしてバルをはしご。
 
翌日はJCBのオフィスでAVEの予約と最終日のホテルの予約。そしてプラド。
私も相方も、すでに絵画の好みははっきりしているので、館内の平面図を見ながら、好きなものばかり見て歩く。
こうしないと、広大なプラドには太刀打ちできぬのだ。
しかし、ちょっと失敗だなと思ったのは、フランドル、ドイツのコーナーを先に見てしまった為、後のスペイン絵画などがちょっとつまらなくなってしまったことだ。ボッシュの後に見るベラスケスは・・・。
 
マヨール広場近くで遅い昼食。ホテルへ戻ってシエスタ。寝過ぎる。
相方が革製品の店で買い物。閉店間際でちょっと慌てる。
しばらくぶらぶらしてから、マッシュルームの有名店で一杯。バルのカウンターの親父は皆キャラがいい。
イカが食いたいと言って適当なところに入って、必要以上に忙しそうな親父に頼むと、出てきたのはイカリングの山盛り。
胸焼けである。もう少しいろいろ食べたかったのだが。
マヨール広場でカホンとギター2人の3人組がフラメンコを演奏している。小銭投入。
その後、宿の近くへ戻り、昨夜も行ったバル(我々は”イケメンバル”と呼んでいた)で一杯飲んで寝る。
 
翌日は、朝早くアトーチャ駅へ。
構内で軽く朝食を済ませ、コルドバ行きのAVEに乗り込む。
走り出して少しすると、延々と続く変わらない風景(枯れた土地にオリーブ、またオリーブ・・・)を久しぶりに見る。
 
2時間ほどでコルドバ着。
タクシーでフリオ・ロメロ・デ・トレス美術館へ。
ポトロ広場でタクシーを降りると、いかにもアンダルシアといった風情。美術館の入り口は広場にある。
ラッキーなことに金曜日は入館料がロハである。こじんまりとした実に良い雰囲気である。
アンダルシアの女性を描くトレスの作品は図版で見るよりもずっといい。
スペインの画家の例にもれず、深く美しい黒。
 
炎天下、歩いてメスキータへ。
巨大である。外壁の装飾が素晴らしい。チケットを買って内部へ。
広大な空間に林立するアーチは壮観だが、それ以上は特に見るべきものもないか。
外へ出て迷路のような街を歩き、パティオの店でセルベッサ、ヘレス、タパス。
タクシーでバスターミナルへ行き、グラナダ行きに乗る。
車窓からはアンダルシアの白い村。でも眠いので半分くらいは眠る。
 
3時間ほどでグラナダ到着。
タクシーで市庁舎近くのホテル”ナヴァス”へ。値段の割には実に良いホテルである。
チェックインしてすぐに、フラメンコのショーを紹介され、疲れていたが行くことにする。
まずはその前に腹ごしらえ。ホテルのある通りにはバルが犇めき合っていて、そのうちのひとつのテラス席に適当に座る。
トルティーヤとタパスミックスを頼んだら凄い量で、ちょっと事情が違うな、と気づく。
ヒターノらしきオッサンとオネーチャンがやってきて、アコーディオンで「ゴッド・ファーザー愛のテーマ」などやる。
ホテルへ戻るともう迎えが来ていた。
同宿の人々とマイクロバスにのって出発。途中でもう少し拾う。
まずは徒歩で夜のアルバイシン観光。オネーチャンのビミョーな英語によるガイド。
高台の公園で夜のアルハンブラを眺め、バスに戻ってサクロ・モンテのタブラオ”クエヴァ・デ・ラ・ロシオ”へ。
大量の観光客を、入れ替えでジャンジャンやってるので少々不安になったが、内容は荒削りながら迫力があって実に良かった。
 
翌朝は8時過ぎにはホテルを出て、アルハンブラへ向かう。
近年は入場制限をしているらしく、日本で予約をしようと思ったが出来なかった為、並ぶしかないと言うことで。
行ってみるとすでに結構並んでいて、駄目かと思ったが案外あっさり入れた。
まあ、詳細はここでは書かないが、16年ぶりに見るそれはやはり素晴らしかった。
歩いて坂道を下り、迷いながらヌエバ広場へ。近くのバルで一杯。
日本語情報センターなるものがあるので行ってみる。フラメンコがまた見たいと思った我々は、別のタブラオを紹介してもらう。
その後カテドラルと王室礼拝堂へ。いろいろ物価は安いのだが、寺院の拝観料は高い。
 
シエスタして、夕食へ。
グラナダはバルで一杯頼むと、必ずといっていいほど何か一品出てくる。それを利用してはしごする。
約束の時間が来たので、待ち合わせ場所に行くが、迎えのバスが来ない。メンツは我々とセンターで会った男性、あと若い女性が一人。しばらく待ったが来ないのでタクシーで向かうと、すでにステージは始まっていた。
技術的にはロシオより数段上であるが、演奏にフルートが入っていたり、ベリーダンスなどもあったりしてちょっと?
帰りも少しごたごたするが、アルバイシンのユースに泊まっていると言う同行の女の子を送って行き、4人でそこの近くのバルで飲む。何でも1ユーロ(!)でイギリスから飛行機に乗ってきたとやらで、そんなのがあるのかと、皆で驚く。
閉店まで飲んで、ホテルが近いと言うもう一人の男性とタクシーで帰る。
 
翌朝バスターミナルからセビージャ行きのバス。
昼ごろ到着。近くのバルで食事してカルモナ行きのバス停に行くが時間になってもバスが来ない。
不審に思ってインフォメーションで聞くと時刻表が変わっていた。まあ仕方が無い。時間をつぶして、次を待つ。
バスを降り、炎天下セビージャ門をくぐりカルモナの旧市街へ。伊東マンショもここを通ったのかなどと話しながら石畳を歩く。
前方に古いアラブの城砦が見えてきた。パラドールである。
愛想は無いが丁寧な接客。国営ホテルと言うことは国家公務員か?
部屋は実に素晴らしい。歴史的建造物に泊まると言うのは実に感慨深いものである。
風呂に入ってテラスでカヴァを飲みくつろぐ。実に良い気分だ。周りを散歩したり、パティオで一杯やったりしているとやがて夕食の時間である。礼拝堂のような巨大な食堂。この旅ではじめてのレストランでの食事。オリーブオイルたっぷりのタパスに比べると、
全体にあっさりとしている。相当な量だったがもたれなかった。ハーフの白とフルボトルの赤を頼んだのだが、白の名前を失念してしまった。美味かったのに。赤はアロヨ。
 
翌日、チェックアウトして、カルモナの街を見ながらバス停へ向かう。
実に良い雰囲気の街だ。大きな市場。何をするでもない老人たち。どんどん増えてくる。
 
さてセビージャである。
カテドラルの方へ向かったつもりが間違えてスペイン広場に来てしまう。巨大なアーチ状の建物。
物凄い日差しの中、やっとサンタクルス街を抜け、ヒラルダの前に着く。汗を拭きながらセルベッサ。
カテドラルの周りは日陰が無く、つらい。気温は東京より上だが湿気が無いので、日陰さえあれば平気なのだが。
聖堂は実にでかい。往時の帝国の繁栄を思い起こさせるものだ。
 
昼食に、ガイドブックに載っていた店に行って見たが、いまひとつ。
もう一軒、サンタクルス街の店にも行って見たが、雰囲気良いものの、ガスパチョに変なプラスチックの破片みたいなものが入っていてげんなり。突貫で半日観光じゃいい店は見つけられないか。
 
夕方、AVEでマドリッドへ戻る。
地下鉄で相方が財布をすられそうになる。
最後の夜はまたムセオ・デル・ハモンで始めてしまった。そしてアブエロ、etc.
 
 
危険だ危険だと言われているマドリッドだが我々はかなり気に入った。
酒飲みにはなんだか楽しい街である。
 
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ラズロ・コバクス について

吉村一博:Guitarist,Singer,Composer 80年代、札幌で音楽活動を開始。「retif a la nuit」、ソロなどで活動。 91年東京に移転。寺田町Group、TANKを経て2001年「Laszlo Kovacs」結成。 数度のメンバーチェンジを経て、現在に至る。 ラズロ・コバクス のすべての投稿を表示

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